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may be May

頭の中のごみそうじです

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K点

 私は土砂降りを待ちました。ひとけのない海岸で、雨に打たれるのを待ちました。しかし、iPhoneの天気予報は肝心なときにあたったためしがありません。その日も白い、無害な雲しかついに現れませんでした。

 赤道直下の墓地を思います。決して枯れない花であふれたその光景を瞼の裏に浮かべます。手向けた人々が眠りについても、花は鮮やかなままそこにあります。酸性雨に溶かされて、かたちをとどめなくなるまで。

 「人生を有意義にしたい」と嘆く人にプレゼントしたいのは、ピストルと弾をひとつずつ。
 ここにそれがあれば私はこめかみに銃口をあて、何分の一かの確率を信じて引き金を引くでしょうか?
 わかりません。現実にはそのすばらしい道具は手元になく、私は果物ナイフで腕を切ります。

 かわいたバスルームで、だらだらと流れる血を見ながら、私はしらけた気持ちになります。テレビドラマで演出される流血はあまりにもちゃちな気がしていて、でもほんものの血液もこうして見ると実際大差ないのです。赤というより朱色のその、絵具のような液体が、肌に服につたう様子を私は黙って見ています。

 痛みはあとから来ます。こうしている間はそうでもありません。あの映画の中の彼女もけろりとしたものでした。スクリーンの中のあの赤色は本物に見えました。いまも本物だと思っています。もちろん、私には血相を変えて飛び込んでくる正体不明の知り合いはいません。だから自分でタオルを巻き、きつく留めます。

 みんなわかってくれるよ、と昨夜、電話で友達が言いました。
 私はその子を信用しているので、ありがとうという社交辞令は止しました。

 先生。貴女にお墨付きをもらった私はだれのこともおそれていません。
 だれひとり敵とは思いません。
 ただ、私は、わたしが、ただ。
 
 
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dear

信じることがどうしてわるいのだろう
どうぞくびりころしてください
きょうもひとりでバスを待ってる

愛しているっていうのはもっと
渋々でなければ
ああどれもこれもくすんで曖昧
くっきりと透き通ったゼロであってよ

やさしいうるさい真っ暗を思い出すよ
赤い道歩いて波のうえゆられたいよ
いつも逃げ出したかったけど

褒めてくれなくっていい
かわらないで

断片

 八月でした。わたしは右の耳で波の音を聞いていました。左の耳はあの人の腿におしあてていました。彼は器用に片手でページをめくりながら、茶色く褪せた文庫本を読んでいました。ずいぶん前に亡くなったおじいさんが、元気なころに一から自分でつくった、壁のない小屋のような休憩所でした。
 
 わたしたちは番人のように毎日そこで過ごしました。気が向けばざぶざぶと水に入り、疲れたら小屋でこてんと眠り、からだが乾けば数十メートル先のうちに帰りました。
 
 冷蔵庫はふたつあって、緑のほうにアイスがストックされています。彼はバニラとか、みぞれとか、そういうものしか口にしません。わたしは舌の色が変わるようなのを好んで選んでいました。広いあがりかまちに腰掛けてアイスを食べていると、近所のおばさんがひび割れて商品にならないたまごを数ダース、分けに来てくれます。このおばさんはいまでは夫に先立たれ、関東に住む息子夫婦のもとへ行ってしまいました。

 わたしはおばさんにお礼を言い、アイスを渡し、シフォンケーキを焼いたら持っていく約束をします。チョコレートを混ぜたシフォンケーキがわたしのお気に入りなのですが、ふつうのよりもたまごをたくさん使うため、こういうときでないと思い切ってつくれないのです。さっそくわたしはキッチンに立ち、もらいたてのたまごを卵黄と卵白に分け、卵白のほうを冷凍庫にしまいます。少し凍らせるとメレンゲがいい具合になるのです。そのころのキッチンはまだIHではなかったので、わたしは湯せんでチョコレートを溶かしました。彼はシフォンケーキではなくて、残った卵黄でつくるクッキーのほうを待っています。珈琲をいれるのがじょうずでした。

 死にたい、とこぼすと、その裏にあるもっとずっとたくさんの白とも黒ともつかない自分でも把握できないもろもろをそれだけで心得たように、彼はわたしの髪をなでるのでした。
 わたしは幼さという免罪符がある自分が彼のぶんまで言ってあげようと、そんな気になっていたのかもしれません。よく泣きました。喚きました。わたしは「いい子」でした。そうでないことをどうしようもなく自分でわかっていました。

 「だいじょうぶや」。そのトーン、右手にしていた指輪がいつもつめたかったこと、香水の清潔なにおい、よくない顔色。

忌明け

出の間と座敷は美しく片付き畳も真新しい緑色で、倍ほども広く感じました。
見覚えのないのれんがあちらこちらにかかっていました。
疲れ切った私はブラウスのまま二階の埃っぽいベッドの上で眠りました。
朝になってもろくに掃除を手伝うことなく、のろのろとジャケットを羽織り墓地に向かいました。
やかんに水を汲んだいとこたちと、骨壺を抱えた弟が「ごえんさん」を待っていました。
まもなく父が袈裟を着た「ごえんさん」を伴って歩いてきました。
先々月砕いたお骨を父が壺から出して墓石に納めました。

お経をいっしょに唱えているのはもちろん父くらいで、私は竹林の向こうを通る電車の音を数えていました。
叔母さんは一歩後ろに下がって手を合わせていました。
祖母がもうどこにもいない、というのは、やはりぴんときませんでした。

帰って、私はいちばんにぎやかなおばさんの相手をしていました。
おばさんは誰に対しても、叔母さんに対しても「ありがとうな」と丁寧にねぎらっていました。
おばさんと二人でいるとき、叔母さんは居間で談笑していました。
ありがとうな、と微笑んだ同じ柔らかいトーンで、「いまさら帰ってきても遅いけどなあ」とおばさんは零しました。

私は無邪気でいようと努めました。

例によって食欲がなく、仕出し弁当に口をつける気になれない私はせっせとウーロン茶を配りました。
さっさと食べ終わったいとこのひとりは煙草を吸っていました。
吸うんだ?と聞くと、吸いますよ、となぜか敬語で返されました。
彼の車のカーステレオからは聞いたことのない・聞くことのないたぐいの音楽が流れていました。
一緒にバドミントンをしていたころからの月日を思いました。

川の横にある変なすべりだいも、公園の遊具もそのままでした。
当時はのぼるのにコツが要った土管にはたやすく腰掛けることができました。
持ち主を喪った目の前の田んぼはもう耕されることはないのだろうかと思いました。
湖は凪いでいました。
桟橋の残骸が見えました。

無題

昨日も日本酒とゼリーしか摂っていないのに
私は少しも痩せることがありません
無愛想なドクターがくれた薬はおそらく十分に効いていて
二度目の診察は五分で終りました
私はどうやらただ怠けているだけのようです

河原町行の阪急電車の中で開いていた小説は隠れキリシタンの死に様の記録でした
首を斬りあるいは火であぶるのでは美しすぎると危惧した幕府は、
できる限り見苦しく死ぬようにと彼らを穴につるすことにしました
見物衆も愛想を尽かすその数日。

向かいから子供たちの声が聞こえます
マルチトーカーノイズそのままの雑音として聞こえます
隣のマンションに帰り
いずれ百メートル先の小学校に通う
彼らの世界を思います

死ぬことはただの事実で
生きている間のどんなことも
それによって均されてしまうと知っています

あなたの退屈に花は咲いているのでしょうか
歯車はまだ見えません



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