欲望は実在するけど絶望はそうじゃない、したり顔でそんな話ばかりしてたっけ。十年前のぼくらに言おう、それは事実かもしれないけど、正しくない。正誤は属人的なもので、ほら扶養請求権みたいなものだよ。正当に存在していても、それを主張するには資格が要るんだよ(この手のたとえ、そのうちいたたまれなくなるんだろうな)。そいつが世界中の木すべてを見つくしているのでない限り、きみがストロベリー・ガーデンを信じつづけることについて誰になにをどう気の毒そうに言われても気にすることはない。そういえば"Desire"には対になる名前があったと思うんだけど、なんだったっけ?
ともあれ靴屋の工場から解放された彼は、ひとりきりの部屋で薬瓶のふたを飲み込んで死んでしまったんだ。サルトルは彼を嫌いかもしれないが、ぼくはミシマと彼とは仲良くなれたんじゃないかって思う。そしたらミシマが腹を切った理由についての彼の見解をやんわりたしなめてあげることが出来たんだけど。僕はさ、彼のことをとても真っ当なんじゃないかと思うんだよ。きれいに骨だけのこして食べられてしまったミスター・バーンズを、ほんとうはみんなうらやましいと思うんじゃないのか。ぼくにはどんなメシアより、あの黒人が神々しく見えたよ。
脈絡?筋道?
頭が軋むんだ。わかる?半日女の子とデパートを歩いただけで、割れそうに痛むんだよ。ハンカチで口元を押さえていないと息が出来なくなるんだ。ランチにパスタなんて胃にたまるものを食べたのもよくなかった。添えられていたとうふだけにするべきだった。もちろん現実的じゃなかったけどね。喉がかわいて、唇がかさつく。その子はなにもわるくないんだけど、ぼくはどうしてもだめみたいなんだ。こういう場所か、こういうことか、分からないけど。手を振ってきびすを返した瞬間にイヤフォンを耳に差した。まず鳴ったのがバードメンで、やっとそこで息がつけた。
乗り換える駅で降りて木星のなまえがついた店に入ったけど、目当てのビールは置いていなかった。仕方がないから地下一階の本屋でできるだけ殺伐としていそうな小説を買ったよ。これはあたりだった。ぼくはボーイズ・ラブなんて読まないんだけど、それはもちろん同性愛が受け付けないわけではなく、ハーレクイン的展開にうんざりするからだ。でもこれは理想的だった。ぼくはかってにいろいろなものにがんじがらめになっている自分を恥じたよ。
地上の改札まで上がると雪が舞い込んできた。そう、寒いんだよ、きょう。きっと明日も。長い三日間だ。欲しいかどうかと訊かれたらノーなのに、だれかのものになってしまうとどうしてこんなに掻き毟られるしくみになっているんだろうな。あの子も同じ境遇なんだから、「同じだよ」って言ってあげればよかった。でも出来ずにいらないことばかり言って、いまごろあの子はぼくの放言を真に受けて、彼にさんざんLINEでぶちまけてうんざりされているだろう。ぼくの知ったことではないけど、歓迎すべきことでもない。言葉は選んで話したい。できないなら、黙っていたい。ぼくの課題。
それにしても寒い。ウィルコのフロントアクトはどういう基準で選ばれたんだろうね。