正直向こうが本気とは思えないし、きみがそれをわからないとも思えない。理解できない。
虫の居所が悪かったぼくは歯を磨きながらそうぼやいた。
彼女はまるでひるまなかった。
私、ファーストフードは好きじゃないんだけど、それでも年に一、二回はマクドナルドのポテトがむしょうに食べたくなるの。それとおんなじことじゃない?
彼女は口紅を塗り終り、口元を引き結んで色をなじませ、心なしかうれしそうに、鍵を手にして出ていった。
化粧、へただし、似合わないからやめたらと、けっきょくいつも言いそこねる。
彼女も対等な友達もいない、メールマガジンも登録しない、それでもぼくのiPhoneは沈黙し続けることはない。天気予報を確認しようとロックを外したら、ちょうど鳴った。ユウキだ。ぼくはすぐに既読にしてしまわないように、こわごわLINEを開く。不快な内容でないことを確認して、トークのページに移る。今日発売の漫画の新刊を買ったかどうか、買ったら貸してくれ、そのメッセージにくまのスタンプが添えられている。買ったよ、わかったまた今度持ってくね、笑顔の顔文字。送信して、既読になるのを確認する前に素早くLINEを閉じ、ぼくは方向を変え、本屋に向かう。ユウキは明後日バイトが休みだから、明日の夜に来いと言われる可能性が高い。それまでに読んで感想を言えるようにしておかなければ。
ユウキは悪いやつではない。たぶん、ぼくがこんなふうに怯えているとは想像していない。ただぼくがなにも言わないから、ぼくは気にしない性質なのだろうと踏んでそれにあやかっているだけだ。一度くらいおまえが来いよとおどけてみせても彼は機嫌をそこねないだろうし、冷たく突っぱねれば反省してすなおに謝るだろう。わかっている。ユウキは悪いやつではない。ただどうしてもぼくにはそういうことはできない。
誰かの人生において役割が欲しい、できれば自然発生的に、運よく偶然、あてがわれたい。流れにまかせてそこにたどりつきたい。選ばれたい。選ばれたい。選ばれたい。
ぼくらはたしかに被害者だ。相手を責めるに足るクリーンハンドを必死で保ち、そこに居座り続ける愚者だ。
醜い。でも自ら断てるわけがない。関係も、生活も、人生も。
だから誰もに見限られる。彼女は早晩捨てられるし、ユウキもぼくに飽きるだろう。
それでもぼくらはきっとただ傷をなめあっているだけなのだ。
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