この人の死に際は想像しやすい。まず老衰ではない。病院のベッドの上でもない。どこかへふらっと飛び出して行ったきりそのまま帰ってこなくなるのがしっくりくる。そして遠因となった人たちはこぞって不慮の死を遂げた彼を仰々しく悼み、祀り上げる。こちらはもっとたやすく想像出来る。
 旅から帰るたびに刺青が増えている。旅はいつも長く、無茶だ。行ったことがなく、かつインフラのできるだけととのっていない地域を選び、買い物に行くみたいな恰好で飛行機に乗る。帰る日は決めずに出る。滞在期間が1カ月のときもあれば、半年以上帰ってこなかったこともある。目的もなくなぜそんなところにそんなに長く、と周りは不思議がる。一部は、逆になぜ帰ってくる気になるんだろうと首をかしげる。
「俺に日本は合わないから。そして、俺は日本人だから」
「俺の理想郷はこの国にはないんだ。同時に、俺の故郷は千葉の端にあるあの町なんだよ」
「俺にも、誰にもどうしようもないことなんだ」
 彼はたとえばそういう言葉で説明する。それ以上のことは言わない。
「幸せだ、今は。嘘みたいだ」
 大仕事を終えたばかりの彼は穏やかに笑う。嘘ではないのだろう。良かったですね、と涙を滲ませて人は言う。
 声は冷えている。
 先の見えない急斜面を、トロッコは歩くような速さで上がる。
 快適に、着実に。
 その音が何人に聴こえているだろう?
 彼が彼である限り、ゆるやかな上昇は急降下の前触れでしかありえない。
 彼は広がる絶景を見て満足の微笑みを浮かべた。
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