せいちゃんがいなくなって、思い出すのはリカちゃんのことだった。さりげなく火を差し出すタイミング、行儀のよくない客のいなしかた、くっきりと濃いメイク、いつまでも慣れないあたしと違ってリカちゃんはいつも完璧だった。そして口は悪いけどやさしかった。あたしがリカちゃんだったらハギオに捨てられることもなかっただろうか。
せいちゃんがいなくなったことがこんなにかなしいのに、あたしの思考はハギオへ向かう。せいちゃん。優しいせいちゃん。大好きだ。本当の気持ちなのに、言い訳がましくなるのはどうしてだろう。
あの日、テレビとベッドしかない部屋で、プレイステーションの格闘ゲームをしながら、妊娠した、とだけハギオに告げたあたしはいったいあの男にどんな言葉を期待していたと言うんだろう?ハギオはあまりに冷たい、あまりにハギオらしい返事をした。忘れない。その言葉、画面の中で無抵抗に殴られ続けるキャラクター、怒りもせず黙って泣き続けただけの自分。そして、未だにハギオへの依存から脱却できていない事実。こんなときはいつも、せいちゃんの頭を撫でて、ベランダに出る。煙草を吸う。せいちゃんがいない。あたしは嗚咽混じりにせいちゃんの名前を呼びながら、せいちゃんの置いて行った上着を抱きしめる。
いつかハギオがあたしを追い返したとき、あの部屋で暮らしていた人。フライパンを持ち込み冷蔵庫を置き、生活感を根づかせることが出来た人。あたしが、ハギオと関係のあった女の子たちのなかでもっとも強烈に嫉妬した相手がリカちゃんだと知ったとき。リカちゃんでもハギオをつなぎとめることはできなかったのだと理解したとき。あたしの口は思いもよらないことを口走っていた。
「どうしてリカちゃんを嫌いになれるの」。
つまりあたしにはリカちゃんへ浮かべるべきさまざまなどろどろした思いより、「もしあたしがリカちゃんだったら」という希望を摘み取られたことへの絶望が大きすぎたのだ。
ギターを置いて行ったせいちゃんは、いずれ帰ってくるだろう。あたしはそれを信じられる。でもそれはあたしたちにとって前向きなことなんだろうか?そうでなくても構わないと、これがハギオなら断言できる、とまたあたしは思うのだった。
(南瓜とマヨネーズ)
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