あけましておめでとう。そして初めまして。彼女は死んだよ(なぜこのとき疑いなく彼女が彼女だと分かったのか、僕にはわからない)。
歩こうか、少し。道中、吸っても?(この問いかけに頷いてしまったことも、謎だ。)別に、おまえのお利口な良心を叩き起こしに来たわけじゃない。嫌がらせのつもりもない。もちろん彼女からは何も頼まれていない。ただ、彼女は死んだんだ。信じなくてもいいけど(男は一本目を携帯灰皿に押し込み、次の一本を赤い鳥が刷られた白い小箱から押し出す。火をつける。その一連の動作が実にさまになっている。僕はなんとなく気後れする)、どちらにせよ、実感は湧かないだろうな。そういうものだ。目の前で死なれたってそうなんだから(男はやや自嘲気味になる)。
仮に俺がほんとうのことを喋っているとして、おまえはどう思う?何を感じる?(橋の上で男は立ち止まる。河原で凧あげをする家族を眺めて微笑む。男はそのまま橋を渡る。)
死因を訊かないな。自覚はあるみたいだな、お坊ちゃん。
責める気も脅す気もないさ。少しでも彼女を知っていて、かつ彼女に僅かでも同情する人間ならそんなことはしない(暗に、僕はそうでもない、と言われているようで、僕は反射的にむっとした。しかし男からは優越感めいたものは感じられなかった)。ああいう奴だ。生きてさえいればと、かんたんには言ってやれないだろう?
この行動の意図?さあ。おまえは近いうちに死んでしまう女を捨て、女の死をおまえに知らせに来る人間が居た、ただそういう巡りあわせだったんじゃないか。
そしてこのまま行けばおまえは、親族や旧友に対して憚ることのない社会的地位を手にし、よく出来た妻子とともに地位に見合う生活を送る。滞りなく老いて死ぬ、かどうかはまた、それも巡りあわせだな。God only knows、そんなタイトルの曲がひとつくらいは、おまえの気どったiTunesライブラリにも収まっているはずだ。
そう、この手のことは、おまえのほうが心得ているだろう?
(長く、長く歩いた。歩き慣れている僕も次第に足が重くなってきた。男は少しもそんなそぶりを見せない。ついに東端まで来て、男は足を止める。)
怯えるなよ、何もしないって言ってるだろう。そんな理由はないんだから。そうだな、最後にひとつだけ言うとすれば、俺はおまえみたいな奴の書いたり描いたりするものには一切興味がない。むしろ目にすれば反吐が出る。どんな酒も不味くなる。その自信がある。そして俺は俺の感性を信用している。だからこれは、どちらかと言えば親切なアドバイスのつもりで聞いてくれ。
じゃあな。
(絶妙なタイミングで後ろから来たバスに、男は行き先も確かめずに乗り込んでいく。バスが発車するのを見届けて、僕は来た道を戻る。早足で。途中からは駆け足になった。息を切らして自室に戻り、ヘッドフォンを耳にあてる。なんでもいいから、ラウドな、ぐちゃぐちゃの。ボリュームをでたらめに上げる。鼓膜がいかれればそれはそれでいい。落ち着いたら僕は、引き出しの中のノートの束と、ハードディスクにこつこつと溜めたデータを纏めて処分しなければ、と誓った。呼吸はまだととのわない。)
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