彼は血縁よりも召使が多い家に、絹のように白い肌で覆われて生まれた。彼は人々に慕われる立派な夫婦に待望された長男だった。
その家の召使にはさまざまな出自の者が居た。彼はその中でもっとも貧しい家に生まれた、少しも肉のつかない少女を気にしていた。少女は容姿においても突出して醜かった。しかし控えめで忍耐強く、誰よりもこの一家を思っていることを、屋敷に住む者たちはみな知っていた。少女を見初めた彼に周囲は納得し、他のどんなに華やかで優美な令嬢にも目をくれないそのストイックさを讃えさえもした。少女はとても信じられなかったが、彼はそれが恋だと信じた。何か物足りないのはまだ関係が成熟しきっていないからだと。
彼はおそらく夫としてなしうるかぎりの気配りをした。少女もしだいに彼に愛されていることを疑わなくなった。少女の方もその思いやりにこたえるべく彼を愛し、彼に尽くした。二人は理想的な夫婦と言えた。しかしそれを彼だけは歓迎していなかった。それに気付いたとき、彼は全身の血液から温度がなくなっていく感覚を味わった。しかし、彼が少女の名前を呼び、少女が信頼しきった笑顔でそれにこたえるとき、彼の心の底で何かが少しずつひび割れていくのを、もう彼にはとめられなかった。
天佑だったのだ、と彼は短いインターバルの間に思う。男と知り合って、彼はそれを知った。自分の欲望を。恋焦がれているものが何かを。
男は遠慮がなく、容赦がなかった。だから彼は生まれて初めてほんとうの満足を知った。彼は同性愛者でも、マゾヒストでもない。ただ嬲られたかったのだ。彼が生まれつき、生きているだけで虐げ続けている者たちからの復讐を待っていたのだ。彼は自分をそう理解した。涙がこぼれた。男はそれを痛みのためだと誤解して、嘲笑を漏らした。
彼はある日、男に金をやらなかった。男は怒った。彼はいつも十二分に金を支払うので、彼と会う日には持ち金を洗いざらい呑んでしまうのが常だった。これでは明日から食っていけない、と男が彼を睨むと、彼は殆ど原型の残っていない顔で、それでも優雅に微笑んだ。食べ物ならここにある、と。
男はもちろん躊躇しなかった。最後に残った彼の顔はこのうえなく安らかなものだった。
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