わたしは白いねこをかかえて歩いていました。いつか飼いたいのはいぬのほうでした、ただあのくもりのない目で一心にこっちを見つめてくるいきものに対してはだましているようなうしろめたさもあって、だから気がすんだらふいと行ってしまいわたしを安心させるねこのほうにしたのかもしれません。彼はいまのところ、おとなしく腕におさまっていました。もちろん首輪はしていません。
このねこはしゃべります。その声は内心でものを考えているときあるいは黙読しているときの自分の声であたまに浮かびます。だからやっぱりこれはわたしが考えたことなのでしょう、ともかくねこはよくしゃべりました。わたしはひさしぶりにたくさんだれかと(なにかと)会話をしました。
「つらいのは”ひとりきり”なこと?それとも”ただひとり”でないこと?」ねこはくすくす笑って言いました。「虎になってしまいそうだなあ。」
「すこしまえまではそんなことも考えていたけれどね。」わたしも笑って答えました。そこは誰もいない砂浜でした。波の音はわたしをなぐさめるのに必要十分でした。わたしは素足でそこを歩き、日光を吸い込んだ砂のあつさと波のぬるさを肌に感じました。とはいえ太陽は意地悪く幅をきかせることはなく、ほどよく傾いてわたしたちを照らしてくれていました。
じきに日が暮れました。星を隠しすぎない程度に明るい月がちょうどいい位置にありました。水面を右手にわたしは歩き、左手にも一切人工物はありません。なだらかな勾配を色とりどりの地味な花が覆い、それがうつくしい稜線をもつ山の裾野までつづいていました。いつまでも歩いていたいなあ、と思ったところで、ねこは言いました。
「さて、決めるのならそろそろだよ、これ以上行くと、引き返すのは骨が折れるよ。」
「そうだねえ。」わたしは歩をゆるめずに答えました。
「けっきょく、きみはなにも成そうとしないんだね。」ねこはからりと笑いました。
「逃げ続けているだけだ。そのうちだれかが拾ってくれやしないかって。」ねこは首をもちあげてわたしのほうを見上げました。
「うん。」わたしはねこの、伸ばされた首をくすぐりました。ねこはくすぐったそうにごろごろ言いました。
「だれもわたしを待っていないからではないよ。わたしが何も持っていないからでもない。」ねこはあくびをしながらそれを聞いていました。「ただ、戻る気がしないだけだよ。」
「好きにするといいんじゃない。」ねこは鼻歌をうたいはじめました。
巻き込んでごめんね?といちおうねこに言ってみました。するとねこはからから笑って、偽善者ここにあり、とうれしそうに爪を立てました。
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