人間一般が嫌いな訳じゃない、ただ男だとか女だとかが厭なんだ。同い年の彼は十二歳みたいな表情をして言った。
奇遇だね私もそう思う、同じ意味かは分からないけど。半信半疑で私は返した。
顔で決めたと云う割にその顔さえ次に見たとき忘れていることもあった、名前は訊きもしないままのこともあると笑っていた。そういう人でも、と頬を染めた彼女たちは、そういう人だから、と遅かれ早かれ眉を吊り上げた。そのどちらの回路も持たない私はそのどちらにもふうんとどちらも満足させない相槌を打った。
私が麦酒の味を知った時、彼は既にそれに飽きていた。その五年程前に同級生が制服のままコンビニ袋に入った缶チューハイをごろごろと下げてきたとき、彼は家でくすねてきた焼酎で色素の薄い肌を火照らせていた。強くはない、それは今も変わらない。でもよく呑んでいる、そして大抵潰れる。彼の降りる一つ手前、私の最寄り駅で折り返す電車の座席に細長い身体を投げ出してびくともしないことも数度あった。見つけてしまった時は仕方なしに引きずり出して蜘蛛の巣の張った待合に入り向かいに来る電車を待ち、一番近くで開いたドアに押し込んだ。その後までは責任を持たない。
私たちは浜辺が好きだった、少なくとも私は好きだった、彼もよく来た。雑草で土が見えない地面の上、斜めに生えたジャングルジムに上って沖を過ぎる船やボートやヨットを見た。魚とからすの死骸がにおう砂浜で石を投げ素足を浸した。拾ったワームを先につけた釣竿を垂らしてみた。私たちはぎりぎりまで踏みとどまったと思う、それでもそれぞれに断念した、そうせざるを得なかった、彼のベクトルはこの通りだった。
女に生まれればよかったと思う、でもそれもやっぱり違うんだ。彼は骨ばった長い指で顔を覆いながら低い声を震わせた。分かる、いいえ、私の気持ちにもその言葉は的確にあてはまる気がする。私が男だったら抱きしめてあげるのに、或いは、私が体温と鼓動を備えた心のない人形だったら黙って抱きしめられてあげるのに、そう思ってもただの女でしかない私はぬるくなった缶に口をつけて頭が鈍るのを待つしか出来なかった。かなしいくらいに私たちの生理は健やかに機能する。うんざりするほど倦んでいても、私たちは正常でしかありえなかった。