菊地。
菊地。
菊地。
あたしなんて、死ねばいい。
あたしは条件も金額も手ごろではないし、チェンジするかどうかを毎回丁寧にたずねる。それでも門前払いの経験はない。指名は絶えずに増えていく。あたしには値打ちがある。だからあたしは菊地に会うとき一切それを纏わなかった。髪をまとめ眼鏡をかけ、ジーンズにママチャリで会いに行った。どの男とも違う菊地は同時に彼らとなにも変わらないふつうの男だから、容易に落ちてしまうと知っていた。あたしはもちろん菊地にあたしを見てほしかった。でもそれはただのあたしである必要があったのだ。
菊地に電話をするタイミングをはかるとき、次に会う日が決まったとき、田舎から送られてくる設定の野菜をスーパーで選ぶとき、あたしはふつうの女の子が味わうような幸福感を味わえた。あたしはそれでじゅうぶんに満足だった。決定的なあの日までは。
何をしていても消えない。一瞬だけ見た後姿、可愛いシュシュでまとめた茶髪。それに触れる菊地の手。そして笑顔。
菊地の部屋に転がっていた、綺麗なオレンジのマニキュア。この部屋のどこにもないその柔らかい色を思い出しながら、いちばん濃い紅を引く。
バカな男。あたしの気持ちを知っていて、どうぞって部屋に上げておいて、拒めなかったくせに朝になれば目を逸らして謝らずには居られない、女々しい男。
あたしの髪でも見つかって、問い詰められて終ってしまえ。
苦しい。
バカはあたしだ。菊地がそういう男なのを知っていて踏み越えたのはあたしのほうだ。
死ねばいい、殺して欲しい、死にたい、死ね、死んでよ。頼むから。
何度も、右手の爪で左手首をかすめた。血が出るには至らない。あたしにはそういうやりかたは出来ない。
そして菊地も、自分の所為であたしが死ぬことには耐えられない。
正しい結論に至るには、どちらも自分に甘過ぎる。
話そう、菊地に。全部言おう。
菊地には最後まで言わせない。
そして、あたしには菊池しか居ないのだと、菊池に選択の余地はないのだと突きつけるのだ。
”神様
ほんとは
あなたなんていない。
あたしはこんなふうに
菊地を手に入れるのだ”
(ストロベリーショートケイクス/秋代)
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