女は黄金の髪をしていた。いわゆる金髪ではなく、文字通りゴールドの、重みのありそうなロングヘア。非常識なその色をそれでもどこかで見た気がする、と男が記憶をたどり始めると、女が振り向いた。男はそこで思い出す。アメリカ人フォトグラファーが撮った、アイスランド出身バンドのミュージック・ビデオ。その中でニューヨーク・シティを闊歩する女性が同じ色の髪をしていた。髪と服装に比べると取り立てて目を引かない顔だちもよく似ていた。憶えている映像と違うのは、目の前の女が時代錯誤な仰々しい着物を着ていることだった。女はもちろん目立っていたが、その奇抜さは退屈に倦んだ東京の繁華街では居なくもない程度だった。だから誰も、女が異世界の住人ではないか、といぶかしみはしなかった。
男を見つけた女は息を呑んだ。見つけられた男もたじろいだ。どうしてこの人波のなか、ピンポイントで自分なのか。女は構わず話し始める。どこで笑えばいいんだ、と思いながら男は女の話を聞いた。女はとくに話に落ちをつける気はないらしかった。とにかく来いと言う。言葉ばかりは慇懃に、それでも有無を言わせない視線で。いいよ、と男は答えた。男には騙し取られるほどの金もなく、むしろマイナスがかさんでいく一方だったから、警戒する必要も乏しかった。残る身の安全については、男はもとから大した興味を抱いていなかった。
途端、女はひざまづいた。渋谷のスクランブル交差点の真ん中で。
これはさすがに注目を引く。何十というスマートフォンが二人に向けられ、シャッターが切られるのを男は感じる。
女は靴に押しつけた額を上げる。
「許す、と」
「…許す」
これはどういう趣向のプレイだろう、と男はもはや感心していた。
人が居ないところに行きたい、と立ち上がって女は言った。おまえが連れていくんじゃないのか、と男はとっさに呆れてしまった。しかし男は自分でも意外なことにどうやらその気になっているらしかった。男は迷った末、友人に車を借りて海まで女を連れて行った。
冬の海水浴場は期待通りに閑散としている。男は冬は嫌いだが、冬の海は好きだった。港町が故郷である所為かも知れない。
今のうちに見納めておいてください、と女は言った。大げさだな、と男は笑う。女は目を逸らして口をつぐんだ。
その態度を見て、まるでこれから絞首台に導かれるようだ、と男は思った。
それを後日聞かされた女は、良い勘ですねと笑ってみせた。