わたしは絵描き
これは月から聞いた話
そこは白い清潔な部屋
吹き抜けから日差しがこぼれ
鳴っているのはモーツァルト
壁には太陽の絵
あなたはグラスを持たず
ラッキー・ストライクも忘れ
失くして久しいまともな味覚で
リンゴを丸かじりしている
花の色
犬の声
あなたは待っている
その人はやってくる
あなたが振りほどいた手を
あなたが言葉をえらぶ間に
笑ってあなたの頭に乗せる
ごめん、悪かった、ごめん
うわごとのように繰り返す
その人は笑っている
あなたも笑う 泣きじゃくりながら
そのあと飲んだカプチーノは
アムリタにも引けをとらない
「末期ガンのかみさま
さいごにひとつだけ
かなえてくれないか
ゆるしてくれないか
頷かないでくれないか
糺してくれないか
あなたを看取るおれのことを」
酔い潰れて 男はねむる
わたしは絵描き
これは月から聞いた話